「胃がムカムカする」「胸焼けがする」——こうした症状で病院を受診すると、多くの場合、胃酸を抑える薬が処方されます。とくにご高齢の方では、詳しい検査をせずに長期間飲み続けているケースも少なくありません。
でも、その胃薬、本当に必要でしょうか?
当院に来られる患者さんのお話を聞いていると、「胃酸が多すぎる」のではなく、「胃酸が足りていない」ことが不調の原因になっているケースがとても多いと感じています。
「胃酸過多」と思い込んでいませんか?
胸焼けやむかつきがあると、つい「胃酸が出すぎている」と思いがちです。しかし、加齢とともに胃酸の分泌量は自然に減少していきます。
胃酸が十分に出ていないと食べ物がうまく消化されず、胃の中に長く留まります。この状態が胃の粘膜を刺激し、胸焼けに似た不快感を生むことがあるのです。
また、胃酸が過剰に分泌される場面では、胃の粘膜からセロトニンという物質が放出されます。セロトニンは「幸せホルモン」として知られていますが、体内のセロトニンの約90%は腸に存在し、胃腸への刺激物質としても働きます。これが嘔気やむかつきの一因になることがあります。
つまり、症状だけでは「胃酸が多い」のか「足りない」のか判断が難しいのです。

胃酸を抑え続けると何が起きるのか
胃酸抑制薬を長期間服用し続けると、体の中で静かに連鎖的な変化が起こる可能性があります。
1. 自律神経のバランスが崩れる
胃酸の分泌は、副交感神経(リラックスモードの神経)と深く結びついています。胃酸がしっかり出ることで迷走神経が刺激され、体全体がリラックス方向に傾きます。
ところが、薬で胃酸を抑え続けると、この自然なリラックス信号が弱まります。結果として、交感神経(緊張モードの神経)が優位になりやすくなるのです。
2. 腸の環境が悪化する
胃酸には、食べ物と一緒に入ってくる細菌を殺菌する役割もあります。胃酸が減ると殺菌力が落ち、腸内で炎症が起きやすくなります。
腸の炎症が進むと、本来は腸の中に留まるべき炎症物質が体内に漏れ出すことがあります。この状態が続くと、全身の代謝に影響を及ぼす可能性があります。
3. 甲状腺の働きにも影響する
腸の炎症物質が体内に広がると、甲状腺ホルモンの変換が妨げられることが研究で報告されています。甲状腺ホルモンは全身のエネルギー代謝を調節する、いわば「体のエンジン」です。
このエンジンの出力が落ちると、体は別の方法でエネルギーを確保しようとします。その結果、アドレナリンなどのストレスホルモンが増え、さらに交感神経が優位になる——という悪循環が始まります。
4. そして胃酸がさらに減る
交感神経が優位になると、消化機能全体が抑制されます。胃の蠕動運動(食べ物を送り出す動き)も弱まり、胃酸の分泌もさらに低下します。
胃酸抑制の悪循環
こうして「胃酸が減る → 薬で抑える → さらに減る」という悪循環が完成してしまうのです。
当院が消化器の回復を大切にする理由
当院では、自律神経の不調でお悩みの方に対して、まず消化器の状態に注目します。
「お腹がしっかり動く=体がリラックスできる」
——これは比喩ではなく、生理学的な事実です。
消化器が正常に働くこと自体が、副交感神経を直接的に活性化するからです。
鍼灸では、足三里や中脘といったツボを用いて胃腸の働きを整え、体が本来持っている消化力の回復をサポートします。薬で症状を抑えるのではなく、体が自ら回復する力を引き出すことを大切にしています。
まとめ
胃の不調があるとき、胃酸を抑えることが必ずしも正しい対処とは限りません。とくに長期間にわたって胃薬を服用している場合は、一度立ち止まって「本当に胃酸が多いのか」を考えてみることが大切です。
消化器の健康は、自律神経のバランスや全身の代謝と深くつながっています。
かみがも鍼灸室では、自律神経や消化器の不調でお悩みの方のご相談を承っています。
まちだ りょうすけ
かみがも鍼灸室 院長 / はり師・きゅう師
大学卒業後にうつを経験し、鍼灸・栄養療法・東洋医学を学ぶ。現在は、検査で大きな異常が見つからない不調や、睡眠・緊張に関する悩みについて相談を受けている。